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紙のもの

紙でできた色々な作品が紹介されている
素敵な本が6月25日に発売になっています。


『紙のもの』
株式会社ビー・エヌ・エヌ新社


*****以下、アマゾンの紹介文より*****

ステーショナリーからアートまで、そのどれもに触れたくなる、魅力的な紙の作品ばかりを集めました。箱、カード、ラッピングペーパー、レターセット、ステッカー、ノート、栞、蔵書票、オーナメント、モビール、玩具、コラージュ、版画、切り絵、ミニチュアなど、さまざまな切り口で紙に向かう、総勢46組の作り手たちの、作品・プロダクトとプロフィール・作品取扱店を併せて紹介します。

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紙や雑貨が好きな人なら
眺めるだけでも楽しい本。

紹介されている作品の良さもさることながら
かみの工作所の製品が取り上げられているという事で
ぜひ多くの人が手に取ってくれればと思います。

僕、EDUの作品「白黒動物」も載っているので
ちらりと見て頂ければ(そして買って頂ければ…)
嬉しく思います。

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違う視点で

週末はイベント705に行ってきました。

絶好のBBQ日和。
多摩川べりで夏満喫。

草の上に寝転んで
ラップとギターとジャンベの音に包まれて
ぼんやり空を見ていました。

空の下に寝るなんてあまりない。
視界のほとんどが空。
空ってこんなふうに見えるんだなぁ、と思ったり。

その時にふと思い出したのは
体育館の2階から見たバスケのリング。
いつもは見上げているだけのリングが
全く違って見える、あの感じ。

いつも通りの物を普段と違う視点で見た時の
違和感とも快感ともつかない気分。

それに似てるなーと。


多分、人は
自分と違う視点でモノを見ることを
気持ちよく感じるようにできているはずなんです。

生まれて間もない赤ん坊は
親の身体にシンクロする事で脳を発達させて
自我を形成していくらしい。


スポーツを見てドキドキしたり
怪我した人を見て痛さが伝わってきたり
笑っている人の側にいて気分が和んだり

それってシンクロする能力のなごりだと思うわけです。


BBQが楽しかったのは言うまでもないけれど
いつもと違う視点で空を眺めたという
その事がとても印象に残ったのでした。

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仕事考

うう。
身体がギシギシするぅ。
ひと月ぶりのバスケで身体が動かなかったなぁ。

バスケ帰りに友達とお茶。

妄想が広がって最後には
取り留めもなくなってしまったけれど。
でも楽しい時間でした。


そこでの話題を一つだけ。


「仕事」って何なのか。
ってこれは最近、僕の中でもやもや度No1の案件。

「仕事って言葉はどんな風に生まれたのか」
「仕事をしてる人、してない人はどこで別れるのか」
「デイトレーダーは仕事なのか」
「空き缶を集めているホームレスは仕事をしているのか」
「交換と贈与、に関係するんじゃないか」
「自分のためだけの仕事って仕事なのか」

解けない疑問がいくつもある。

というわけでまず色んな人に
話を聞いてみようかと。

そんな対談をしてくれる人を探しています。
対談したら動画で記録して
ネットで配信していこうという目論み。

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[映画]胡同の理髪師

久しぶりに下高井戸シネマに。
『胡同の理髪師』を見る。

ストーリー自体は
たいして起伏があるわけでもなく
教訓めいているわけでもなく
何気ないのだけれど。

じわーっと効いてくる。

自分は「人がどう生きるか」に興味があるけれど
「人がどう死ぬか」についてはあまり考えてこなかったなあ、と。

93歳の理髪師が
「こざっぱりして死にたい」といって
いつもポケットに櫛を持ち歩いていたり。

こんな風に生きられたらいいなと
単純に思ったわけです。

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偏り 再考

何日か前に
「ものを作る人は偏りを補完すべく作っているのではないか」
というか説を書いたけれど、少し違和感が出てきたので再考。

補完するために作っている
と言うと語弊があるのかも。

興味深いのは
偏りや欠落を補完するがために作っている
という事実を本人は無自覚でいる、という事。
作る本人にとって悲愴感や義務感はなく
むしろ「作りたい」「楽しい」と思って作っている。
作る事を当然だと思っている。

水が低いところに向かって流れるように
偏りのせいで流動してしまう。
それがモノを作り続けていく事なのではないか
という新しい仮説をたててみる。

作る事は流れる事。


そして
流動する人は偏っているせいで
流動する事を止められない。

言い換えれば
モノを作る人は偏っているせいで
作ることを止められない。


おお。
これは…。

「仕事の向き不向きは能力に因って決まらない」
という自分の考えと相即するではないか。

以下、自分のメモから
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仕事はやりたい人がやるのではなくて
やるべき人がやるものである。
「自分がやるべきだ」と感じるかどうか
それが仕事への適性であって
決して望む者が適格者なのではない。

「クリエイティブな仕事」に向いているのは
(クリエイティブの言葉の意味はここでは脇においといて…)
それを目標にしてもいないのにどう転んでも
クリエイティブになってしまう人か
別にクリエイティブなんてどうでもいいのに
自分が作らないと仕事が立ち行かなくなる
と感じる人である。

************************
これについて詳しくはまたいつか。

この妄想仮説リレーはこの後
「作る人ってそんなに特別なのか?」
「そもそも"仕事"ってなんなんだ?」
に繋がっていくのだけれど長くなるので今日はここまで。

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