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既知に回収しない方法で

開店休業のブログですが
2014年になったのを機にゆる〜く再開です。

台所でいつも野菜の切れ端を拾っては
写真に撮っています。
不思議な魅力。

必要なモノが出来上がる過程で
出てくる必要ないモノ。
野菜の切れ端とか
印刷物が断ち落とされる前の
端っこの色玉とか。

いつかこの魅力をカタチにしたいのです。
エコとか現代美術とか
そういう既知に回収してしまわずに
自分のスタイルで具現化する。
それが僕にとってのデザインの意味なんだ。

と、最近ようやく気付いた。。。

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翻訳という贈与

紙の構造設計は特殊な専門分野だけれど、専門家以外が見ても魅力を感じる紙の構造体はたくさんある。

ただし、その魅力が具体的でない。どうしてそれが面白いのかを普通の人は分からないまま記憶から消えてしまう。

それを分かりやすく翻訳するのがおそらく自分の役割なのだろうと思う。構造にしかるべき役割と美しい姿を与えて、誰かの手もとに、あるいは記憶に残しておきたい。

「紙の構造の翻訳」は自分が社会に対してできる大事な贈与だろうと思う。贈与は誰かから求められてやる事ではない。何故だか理由は分からないけど自分にとっては大事だと感じてやる。

専門家はどうしても「そんなの金にならない」と言いたがる。自分も専門家の端くれだからよく分かる。専門家はそれで飯を食っているから金になる事を優先させてしまう。人より多く知っている事から利益を得ようとしてしまう。

専門家の重要な役割のひとつが翻訳という贈与だ、という考え方をここに残しておきたい。
専門家の立場に安住してしまいそうな自分のために。辿り着く事のできない、目指し続けるべきゴールとして。

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パスを回すために

風呂が面倒で好きじゃない自分ににとって
何もしないで体がきれいになるなら
それに越したことはない。

先日、産まれたばかりの娘を沐浴させた後
「僕も誰かが風呂にいれて体洗ってくれないかなぁ」
とつぶやいたらヨメがひと言。

「昔は入れてもらってたでしょ」と。
なるほど。たしかにそうです。

その言葉をきっかけに、
子供を風呂にいれながら実のところ
自分が風呂にいれてもらったお返しを
しているんじゃないかっていう気がして
世代の繋がりというか
時間の繋がりを感じたわけです。

親が無条件に自分を受け入れて育ててくれた事への
返礼のために自分の子供に同じ様に与える
そんな感じ。


でも不思議なのは
親に感謝しているから自分も子供を育てる
という順番じゃないんですね。

子供を育ててみて初めてそれが
親への返礼かもしれない可能性に思い当たる。

それってチームスポーツのパスにどこか似ている。
必ずしももらった相手にパスを返す必要はないんです。
次の誰かに回す事で大きな流れができる。

流れを切らさない事が
パスをくれた相手への礼儀なんです。
パスをくれた親も
「何でこっちにパスを返さないんだ」
とは言わないはずです。
親だってまたその親からパスを受け取ったんだから。

そうだ、
次の週末に『秋刀魚の味』を観よう。

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かみの工作所 NEWSPAPER展

おひさしぶりです。

4月3日 かみの工作所の展示会で新製品を発表します。僕の2年ぶりの新作は野菜。
寝る間を惜しんで展示準備中です。ぜひ新宿伊勢丹まで足を運んでみて下さい。
会期中で1日くらいは会場に立つつもりですのでお会いできるのを楽しみにしています。

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かみの工作所 NEWSPAPER展


4月3日(水)~4月16日(火)
伊勢丹新宿店本館6階=ステーショナリー
紙の新しい可能性を発信し続ける「かみの工作所」プロジェクト。
この春、5人のデザイナーが新作を発表。家具デザイナーならではの「紙の椅子」。イラストレーターならではの「紙のアクセサリー」。紙の構造に詳しいデザイナーならではの「紙の野菜」。発明好きのデザイナーならではの「紙のカメラ」。目が悪いデザイナーならではの「紙のめがね」。
思わず誰かに教えたくなる新しいニュースに出会えます。その他、これまで人気の紙のアイテムが勢揃い。

この春、紙から新しい暮らしがはじまります。

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感動すること


人って
ある感情がマックスになった時に
「感動する」んだと何となく思ってた。
どうも違ったみたい。

こないだ
美味しくて美しい料理を
大切な人とゆっくり食べた時に

嬉しいとか楽しいとか
充足感とか感謝とか
ポジティブな事をたくさん感じたのと同時に
素敵な料理を作る友人への羨望とか
大切な人達を護っていけるのかっていう不安とか
これから自分はどうやって
モノを作っていきたいのかとか。

たくさんの事を感じて
たくさん考えて、饒舌になって。
で、だいぶ後になってから
感動したんだなって気付いた。

ナマでいい音楽を聞いた後に
「音楽はできないけど何かしたい」みたいな
あの衝動にどことなく似てる。

だから感動した時には
突き動かされて人生が変わる
って事もホントにあるんだな。
と実感。

そんな風に気づかせてくれた
友人と彼の作る料理に感謝。
ありがとう。

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