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付箋考

週末に友人と朝まで飲んだくれて語っていて驚いた事をひとつ。
(と言っても自分はノンアルコールで朝までなのですが)

貸していた本を読んだ友人が、貼ってある付箋が気になるとのこと。
思い返してみれば付箋を貼りながら本を読んでいた時期があったっけ。

自分はたくさんの本を読むよりは同じ本を何度も読む方で
付箋を貼っておくと次に読む時の手がかりにはなる。
でも逆に付箋にとらわれてしまってスムーズに読めなくなる事もある。
最初に読んだ時の自分と次に読んだ時の自分では
考え方、感じ方、語彙、身体操作、読む時間、読む場所、
諸々について別人なわけで。
先入観なく本を読みたいと思って、いつしか付箋を貼らなくなりました。

人に借りた小説とか漫画とか映画とかで
「○○が○○する場面がすごく感動したよ」なんて
借りる前から言われちゃったら冷めちゃうのと似てるのかな。


と、まあそれはよくて

自分が驚いたのは
付箋の貼り方がそろいすぎてて怖かったって指摘された事でした。
(「怖かった」と言ってたか記憶が定かでないけどそんなニュアンス)

付箋って本から飛び出しすぎちゃうと折れて汚くなるし
ページの中に収まっちゃうとどこに貼ってあるか分からないし
だからきちんと2〜3mm分とびでる様に調整して貼るのです。
それが自分の当たり前だったけど…。

人に言われてみたら神経質なのかなぁと。

まさかそんな事を指摘されるとは…という驚き。


なんだか、自分が想像もしなかった視点から自分を見ているような
そんな違和感を覚えながらもどこか快感で。
多分、人間って自分と違う誰かになる事で快感を得る事のできる
不思議な生き物なんだろうなぁ、

なんて思考が飛躍気味の週初め。

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既視感がいっぱい

人に誘われて国際フーラムはケニー・Gのコンサートに。

日本では結構人気のあるサックスプレイヤーなのだそうで
曲は聞いたことはあったのだけれど初めて生で見ました。

すごくエンターテイメント性があって
コンサートというよりショウを見ているようなのです。
飽きさせないしサービス精神旺盛でサックス吹きながら客席を歩き回るし
カメラの映像がモニターに大写しになるから
後ろの席でも二階席でも不満なく見られて
抽選でオリジナルデザインのサックスプレゼントまであって。
かろうじて通じる日本語を一生懸命しゃべって笑いを誘って
バンド仲間にもやさしくて笑顔でアイコンタクト。
最後には全員で肩を組んで一礼して去っていきました。


うーむ。
何だろう、この感じ。

確かに盛りだくさんで楽しくて
サックスだってうまい(んだと思う)し…。

にもかかわらず、
誘ってもらっておいて申し訳ないのだけれど…


あまり好きになれない。


こればっかりは好き嫌いの問題なのでどうしようもない。
善し悪しの問題じゃなくて好みの問題なのです。



演奏が始まって最初に感じたのは、何とも言えないような既視感。
曲を知っているんじゃなくて「この感じ知ってる!」っていう感覚。

うまく言葉にならないけどあえて言葉にすると
ディズニーランド的、テレビドラマ的、ホテルのラウンジ的な…。
安全で間違いが起こらなくてそれでいてドラマティカルで贅沢で甘美で…

って考えてたらピンときたのです。
「これってクリスチャンラッセンの絵に似てるっ!」ってね。
ケニー・Gにもクリスチャンラッセンにも、どちらにたいしても
すごく失礼な喩えなのかな、これ。


つまり僕が思うのは
音楽だってスポーツだって絵だって
それを楽しんでる本人が本当に楽しくて楽しくて、
しまいには観客なんてどうでもよくなってしまうような
そんな部分にこそ観客はあこがれと共感を抱いて
感化されるんじゃないか、という事です。

周到に準備されていて奇麗に完成させてしまったものは
それなりに認める部分はあるにせよ好きになれない。

んんん。。


もう少しうまく言葉にできる様になったらまた書きます。
今日はここまで

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かみの工作カフェ

肌寒くなってきました。肌寒くなってきたのに秋らしい服を持っていないので
最近は「ちょっと寒い」夏の延長みたいな格好で出かけてます。
もう少ししたら「ちょっと早すぎる」冬の格好で出かけるのですが…。

そんな芸術の秋にはデザインイベントが盛りだくさん。
その中でもイチオシは青山で行われるデザイナーズウィーク。。
に、かぶせて開催の「かみの工作カフェ」です。

場所もデザイナーズウィークを挑発するかの様に。。
というか乗っかった感もある青山での開催。
ですが
内容の濃さではデザイナーズウィークにも負けてません。


今回、EDUはマイナーチェンジした「白黒動物」とともに
新作を参考出品する予定です。
(残念ながら量産には至らなかったので販売はありません)



「かみの工作カフェ・青山店」
2008年10月30日(木)〜11月3日(月・祝) 会期中無休
13:00〜19:00
オープニングパーティー 10月29日(水)19:00〜21:00

会場:c/o gallery care of
折形デザイン研究所(表参道駅・外苑前駅 徒歩8分)

「かみの工作カフェ・国立店」
2008年10月22日(水)〜11月17日(月) 火曜定休
12:00〜17:00
オープニングパーティー 10月22日(水)19:00〜21:00

会場:国立本店(JR中央線・国立駅3分)


詳細はこちら http://www.kaminokousakujo.jp/index.html
(リニューアルされて素敵になったかみの工作所サイトです)


みなさん、お時間あればぜひお越し下さい。
特に
折形デザイン研究所のギャラリーの展示 =「かみの工作カフェ・青山店」
は紙の作品たちとギャラリーのたたずまいが絶妙になりそうな予感。
必見です。

EDUは新作の参考出品に向けて連日早寝しております。
そろそろ腰を上げないとなぁ。

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EDUの本棚

本を読んだらすぐ書こうと思いつつ
いつもすっかり忘れてしまうのです。

ここ数ヶ月で読んだ本を思い出せる限りここに。



『 狩猟と編み籠 対称性人類学Ⅱ』 中沢新一

『 僕の叔父さん 網野善彦 』 中沢新一

『 誰も知らない「死刑」の裏側 』 近藤昭二

『 死刑 』 森達也

『 精神のけもの道 』 春日武彦=文 吉野朔実=漫画

『 門 』 夏目漱石

『 中国行きのスロウ・ボート 』 村上春樹

『 街場の中国論 』 内田樹


読みかけのものも…
 ↓

『 続・神さまがくれた漢字たち 古代の音 』 山本史也

『 哲学個人授業 』 鷲田清一 × 江永朗

『 チベットのモーツアルト 』 中沢新一

『 日本語のゆくえ 』 吉本隆明

『 響きあう脳と身体 』 茂木健一郎 × 甲野善紀


こんなに読みかけの本があるなんて…。
自分で書いてみてびっくり。
止まったまま忘れてたのもあるし。


漫画もいくつか
 ↓

『しあわせ』『説得ゲーム』『ストーリー』戸田誠二

『ハチミツとクローバー』 羽海野チカ



なんだかもっと読んでるような気もするけど
思い出せないものはしょうがない。

読んだ中では『 精神のけもの道 』が取っ付きやすく面白いかと。
何か人間の本質的な部分に関するヒントがいくつかある。
ほかには内田樹さんの本は相変わらず興味が尽きない。

読みかけの中では『 響きあう脳と身体 』。
これはもう、この二人じゃはずれようがない。
でも対談本なのでどこまで話が深まってるかはこれから読んでみて判断。

そして
相変わらず少女漫画期間中ですのでお薦めがあれば教えて下さいな。



んー。もう少しマメに記録しよう…。

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入力と記憶

仕事が落ち着いてきて、ぼんやりながらもまともな思考が戻ってきた感じ。
久しぶりにご飯を炊いて汁ものとおかずを作って畳のうえでゆっくりと夕飯。
マトモな人間の生活。

いやいや、忙し過ぎるのはよくないです。
身体にも精神にも。

身体がしんどかったのはもちろん。それにもまして嫌だったのは
感覚とか思考とかがどんどん鈍くなっていく事。

本を読んでも内容が頭に入らないとか
食べたいものが思い付かないとか
記憶が曖昧で日記がうまくかけないとか。

で、
その「記憶が曖昧」ってのを経験してみて思ったのです。
記憶が残るか残らないかはメモリーの容量の問題じゃなくて
入力の仕方の問題なんだって。


一説によると人間は経験したこと、得た情報すべてが脳に残っているのだとか。
つまりメモリーには残っているけど記憶として取り出せるのはごく一部で
そのほとんどを引き出さないまま一生を終える 、ということらしい。

残っているのに取り出せないものは記憶として認識されない。
(なんかこれ前に書いた整理術に通じるような…。)
取り出せない書類はないのと同じってね。

書類をファイルしてインデックスをつけて
背見出しを書いて棚に並べるのと同じように
経験にも印をつけて並べて頭に入れてるはずなんです。


引き出せるようにメモリーに入れないと記憶として取り出せない。
言い換えると「取り出せるようにしてありますよ」という状態が
記憶しているという事にほかならないわけで。


インデックスの付け方、棚への並べ方は決まりはなくて
人によってやりやすい方法が違うはず。そう考えると
暗記しないと点の取れないテストは記憶する内容が重要なのではなくて
効率良く記憶するための自分に合った「入力の仕方」を
どれだけ見つけられたかというテストなのだと解釈できるのでは…。

ま、人間の脳ってそんなに棚みたいに固くなくて
並べたはずの記憶がいつの間にか移動してたり
取り出してみたら違うものになってたりするんですどね。
それはそれで面白い。

大学の体育の授業(なんてものが美大にもあったのですよ)で
バスケをしていた時にディフェンスしている友達を左側に抜いて行く
ただその一瞬の場面の映像が何の脈絡もなく
突然に思い出されることが僕にはよくある。

本当に何の意味もない場面なのにどこかで勝手に
「無意識」というインデックスが貼られてしまって
ふとした瞬間に記憶として意識の前面に出てくる。
言ってしまうと入力の仕方が間違っていたのだけれど
なぜかそんな脳のバグを愛おしく感じてしまうのでした。

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