ブログ

メイン | 一覧

また経済が気になって

交換について本を読んだメモをここに。

********************************
1円玉を机にしまってあっても気にならないけれど
3億円がしまってあったら不安になる。
不安になって銀行に預けたとすればそこから交換が始まる。
1円には弱く3億円には強い「交換を促す力」を経済価値と呼んでいる。

経済価値が高いから交換を加速させるのではなく
交換を加速させる力が高いものを経済価値の高いものと呼んでいる。
********************************

なるほどそういう事だったのか。

もうひとつ

最近感じるのは
経済を経済学の語法で語っているうちは本質的な所にたどり着けない。
ということ。
専門領域を専門用語でしか語れないのは何かが足りない。

銀座のコーヒーが1000円する理由を
銀座には1000円のコーヒーを飲む人がいるからだ
と説明するのはナンセンスだと思う。
土地の値段とか建物の値段で語るのもナンセンス。

「なぜ銀座という土地は交換を加速させる力をもっているのか。」
この問いの存在に気づかないとどこにも辿り着かない。


今なんとなく、経済が気になってしまうのは
その問いの存在に薄々気づき始めたからなのだと思う。
でもまだモヤモヤした段階でしかなくて
停滞感だけはひしひしと感じるけど…。

| コメント(0) | トラックバック(0) |

だだ歩くのではなく




週末に高尾山頂 味噌汁会を実施。
高尾山は流行っているらしく噂通りの人の多さ。
昼頃に降りてきたらケーブルカーもリフトも長蛇の列。
驚きです。

山を歩いたのが久しぶりで思うところが色々と。

いつも歩いている平らな道とは大違い。
ずっとずっとたくさんの地面を感じながらでないと歩けない。
どこを踏んだら滑らないかとか身体がねじれないかとか
刻々と変わる地面とたくさん話をしないといけない。
もっと無意識で山を歩けるようになりたい。

最近出会った文章に、歩くことが身体にいいと書いてあった。
気になったのは歩くという運動が身体に言いのではない、という言葉。
筋力とか心肺を鍛えることではなくて
感度を上げて空間を移動していく事自体が身体にいいのだと。

山を歩いて思ったのは街とは全く違った感受性が必要になるってこと。
地面が坂だし土だし音も匂いも街とは違う。
街では人や車にぶつからない事に想像以上に気をとられていたみたい。
それに高さが変わるってのも少なからず影響している。
平らな場所では前からヒモで引っ張られるような力と
重力で下に引かれている力のバランスをとるイメージ。
山では上にヒモで引かれるようなイメージが強いから
重力とのバランスの取り方というかベクトルの方向が違う。
ずいぶんいい刺激になったな。

そしてもうひとつ。
人と一緒に歩くのは一人で歩くのとは違う意味で効用がある。
それは同じ空間を同じペースで歩くことが
互いの関係性を作るのにすごく有効な手段なんだってこと。
村上春樹の小説にもそんなシーンがある。
親友を亡くした主人公は毎週末にその親友の恋人だった女の子と
東京の街を歩き回る事で共有している欠落感を確かめ合っていく。
それって団体競技でチイームメイトと心身が共鳴するのと
どこかしら似ている気がする。



山を下りてからは街を歩きながら話し、道を歩きながら話し
とにかくたくさん歩いてたくさん話した日曜日。

歩く事は移動の手段でありながら
合理化したり省略したりできない何か大事なものを含んでいる。

| コメント(0) | トラックバック(0) |

みぎだいたいぶがいたい

週末に二日連続でバスケ。
力まない身体の使い方を少しずつ感じつつあるけれど、それでもまだ足りない。
突き指するし疲れるし筋肉痛になるし…。情けない。。

それでもちょっと気になったのは筋肉痛のでかた。

右の大腿部だけ痛い。
他は痛くないのになぜ?
多分、右脚に負荷のかかる動きをしているからなのだけど。
どの動きをしている時なのか見当がつかない。

自分で自分の動きを外から見てみたい。
マッチアップする相手になってみたい。
だれか見る目を持った人に指摘してほしい。

あーじれったい。
うまくなりたい。

| コメント(0) | トラックバック(0) |

鷹尾山頂 味噌汁会

突然ですが遊びのお誘いです。
早朝に高尾山に登って味噌汁でほっこり温まる
という原始的な遊びを計画中。

誰でも参加できます。
急ですが暇な人はぜひご一緒に。


高尾山頂 味噌汁会
11/30(日)
AM6:30 京王線 高尾山口駅集合(AM7時 登山開始、午前中のうちに下山予定)
小雨決行(激しい雨なら延期)


もちろん自分の脚で登ります。
7時にはケーブルカーは動いてないみたいなので…。
バテたら帰りはリフトに乗ります。

寒いと思われるので防寒は念入りに。
登山靴とはいかないまでも運動靴は必須。
味噌汁と朝食持参。味噌汁交換もあり。
おやつは300円前後。バナナはおやつにはいらない。



興味があればご一報ください。
では

| コメント(2) | トラックバック(0) |

おかしなルール

神田駅からほど近いところにある体育館でバスケ。
ここだと職場から近いので仕事が終わってからいけて便利。

初めての体育館にいく時はいつも少し構えてしまう。
それぞれの体育館によって少しずつゲームのやり方や雰囲気が違うから
肌に合う合わないとか、好き嫌いがどうしてもでる。

この神田の体育館は入った時から奇妙な空気。
なんだか居心地が悪い。
おかしいのは意味のないルールがたくさんある事。

自分のボールを持ち込んじゃいけなかったり。
頭に巻いていた手ぬぐいを取れと言われたり。
手ぬぐいはダメでなぜかヘアバンドならいいとか。
得点係はチーム5人揃ってやらないとペナルティがあったり。
そのルールを押し付けてくる指導員という肩書きの人物が
妙に威圧的な態度で場を仕切っているたり。

そういう諸々を見ていてふと思ったのは
人間って「まともなルール」を他人に守らせようとする時より
「おかしなルール」を守らせようとする時の方が
攻撃的で威圧的になるんじゃないかなぁってこと。

「おかしなルール」を常識はずれなルールだと認識していたら
それを押し付ける事なんてできないはず。だって常識はずれだから。
「おかしなルール」を正義と信じているからこそ威圧的になれる。
そもそも「正しいことが必ずしも正しいとは限らない」
という認識の上に成り立っているルールを「まともなルール」
と呼ぶわけだから「まともなルール」を適用するためには
「納得してもらえない部分があるのは分かるけど
 郷に入れば郷に従えという事でおさめませんか?無理そうなら
 今回は仕方がないので次回までに解決策をお互い考えましょう」
的な態度でいる意外にない気がする。

逆に考えれば威圧的にまでなって他人に押し付けたいルールは
「まともなルール」である可能性が低いってことになる。

まだ自分が大学出たての新入社員だった頃にお酒の席で上司から
「俺の酒が飲めないのか」って言われて驚いた事がある。
いまだにそんな前時代的な事言う人って本当にいるんだなー
と思った事を鮮明に記憶している。
彼にとっては上司が勧めた酒は受けるのが正義だったからこそ
それに従わせるべく威圧的になってたわけで。

自分がよく見るサイト「ほぼ日刊イトイ新聞」に
「おかしなルール」というコーナーがある。
読者が身の回りの笑っちゃうようなルールをメールで投稿するという
趣旨なのだけれどこれがなかなか面白い。内容もさることながら
「このルールはおかしい」という事を認識しないと
コーナーに投稿できない様に構造化されているのがいい。
本当に「おかしなルール」を信じて行動していたら投稿できない。
このコーナーに投稿する限りは攻撃的、威圧的にはならない
そんな仕組みになっている。

と、まあ、話が迷走気味になってきたな…。

つまり
ルールに従わない奴がいて自分が腹をたてている場合には
まず自分の信じているルールの適用範疇の狭さを自覚した方がいい。

そんな教訓を得た日であった。

| コメント(0) | トラックバック(0) |

1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 | 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 | 31 | 32 | 33 | 34 | 35 | 36 | 37 | 38