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おとなになりたい

ここ数年で「大人になりたい」と思うようになった。
というよりは自分は大人であるべきだと切実に感じるようになった。
より多くの事を自分の責任だと感じること
世の中に対して少しでも責任を負うこと
それが大人のすべきことだと思う。

成熟した大人になりたいと切に願った時に自分が一つ成熟したことに気づける。
足りないと気付いたことで手に入れる、それこそが成熟のありようなのだと。
不思議だけれど確かにそう感じる。

世の中に対しての責任の取り方の一つとして
少しでも人の支えになりたいと願うようになった。
そんなふうに過ごしていて気付いたのは
人の支えになりたいと願うと支えの必要な人に出会う、
という不思議。

これは多分
偶然やら超常現象ではなくて人間が本来的に持っている
コミュニケーション感度に由来している気がする。
つまり、人の支えを必要としている人は
支えてくれそうな人を見つけるアンテナの感度が上がるし
人の支えになることが自分の逃れえぬ運命であり、
同時に喜びであると感じている人には
支えを欲している人を見つけるアンテナの感度が上がる。

それは人が言葉以外にもに動作や声のトーンや視線の動き方から
想像以上に多くの情報を得ているということでもある。
時には道ですれ違っただけの他人からさえ符丁を読み取ることができる。
最近、友達と会った時に
「私の心が動揺している時に限って連絡してきてくれるね」と
予想もしていなかった言葉をもらって嬉しく思ったことがある。

にもかかわらず

自分の目下の課題は誰かのSOSを聞き取ることではなく
自分を支えてくれそうな人にSOSを受け取ってもらえるようになること。
しんどい時に自分の状況を受け止めて解決の方法を探る、
その能力ばかりを育ててきてしまった気がする。

内田樹さんの自立についての言葉に
目から鱗の落ちる思いをしたことがある。
自立とは自分で自分を支えられる能力ではなく
倒れそうになった時に支えてくれる人があまりにたくさんいるせいで
状況による入力が致命的なダメージに至らないことを指す、
と、そんな趣旨の言葉。

倒れそうな時に支えてもらえるような人間関係をつくること
それが自立なのだと。
言い換えれば、人に甘えられることも自立なのだと。
そう受け取れた。


人を支えることも、人に支えられることも、どちらも大人の条件なんだな。

いま自分は誰かに支えてもらうこと
誰かに寄り掛かることを切望しているのだと思う。
でもうまくそれができない。

おとなになりたい。

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インテリアライフスタイル展


今日は仕事も放り投げて
東京ビッグサイトはインテリアライフスタイル展に。
オシャレ雑貨が一堂に集まるでっかい展示会です。

何でそんなところに行くかって
僕の参加しているプロジェクト「かみの工作所」が出展しているから。
お手伝いのために行ったのに他の諸々の用事で
結局2時間しかいられなくて申し訳ない気分。

それにしても初日にも関わらず工作所のブースには人だかりが絶えない。
周りを見てもそんなに人の集まっているブースはない。
手前味噌になるけどかなりの完成度と注目度。

都合がつけばぜひ見に行って下さいな。

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絶対に損をしない唯一の方法

先日、思い付いた言葉をここにメモ。
「損得を基準に事物を考えると必ず損をする。」

芝の青さを基準にし始めると
必ず隣の芝の方が青く見えるようになる。
人間とはそういうものである。

損得という基準はゼロサムである。
得をしようとすれば他人の利益を奪い自らの利益とする以外にない。
しかし人から奪った利益というものが増えるほど
まだ足りないという欠落感も比例して大きくなる。

他人から奪えば奪うほど
自分が得たものを忘れる速度が増し足りないものへの感度もまた増す。
他人から奪うことに愉悦を感じる人間は
愉悦を感じる原動力としての欠落感を決して手放すことはない。
つまり得をしようとすることで損を感じ続ける構造になっている。


欠落感を満たすものは自らの内から沸き上がる愉悦以外にない。
自分が何を愉悦と感じるのか、
それを知らない人間は必ず欠落感を感じ続け、損をし続ける。


損をしない方法。
それは得をしない方法である。

損得を基準に物を考えないこと。
それが絶対に損をしない唯一の方法である。

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保留の効用


以前から「保留」についてその重要性が感覚的には分かっていたけれど
なぜ重要なのかが言葉になったのでメモをここに。

「知的持久力は問いの次元を繰り上げるのに必要である。」


保留できる知性は簡単な答えに飛びつかない知性。
つまり「知的持久力」。

A or B の選択肢を前にした時、
知的持久力がないとAかBのどちらかしか選べない。
AもBどちらも抱えたまま保留しておくといつの間にか問いの次元が繰り上がる。


Aを選ぶ事で自分は何を実現しようとしているのか、とか
Bを選ぶ事で自分はBの裏にあるどんな価値を得たいのか、とか
なぜ自分はCという選択肢を思いつかないのか、とか
思考がA or Bから次の段階へ変化する。

これこそが保留の効用。

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空中キャッチ

最近、物を落とさなくなった。
というより
物を落としても空中でキャッチすることが多くなった。

それは洗濯物だったり書類だったり
いろいろなのだけれど。
落とした次の瞬間に
ほとんど無意識に手が出て掴んでいる。
いままでのような力みがない。

バレーボールでは力んでいると
速球に反応できずにレシーブに失敗する
と聞いたことがある。
なるほど今なら納得できる。

野口三千三さんに影響されて
脱力を意識し始めてからはや1〜2年。
もしかしたら空中キャッチというかたちで
身体に変化があらわれたんじゃないかと…。
そんな仮説をたててみる。

だとしたらかなり面白い。
空中キャッチするたびにひとりで
「またやってしまった」とニヤリとする。

ただ…
それがバスケのプレーとして変化があらわれたらもっといいのに。
あらわれてるのかな。
気付いてないだけかも。

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