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パスを回すために

風呂が面倒で好きじゃない自分ににとって
何もしないで体がきれいになるなら
それに越したことはない。

先日、産まれたばかりの娘を沐浴させた後
「僕も誰かが風呂にいれて体洗ってくれないかなぁ」
とつぶやいたらヨメがひと言。

「昔は入れてもらってたでしょ」と。
なるほど。たしかにそうです。

その言葉をきっかけに、
子供を風呂にいれながら実のところ
自分が風呂にいれてもらったお返しを
しているんじゃないかっていう気がして
世代の繋がりというか
時間の繋がりを感じたわけです。

親が無条件に自分を受け入れて育ててくれた事への
返礼のために自分の子供に同じ様に与える
そんな感じ。


でも不思議なのは
親に感謝しているから自分も子供を育てる
という順番じゃないんですね。

子供を育ててみて初めてそれが
親への返礼かもしれない可能性に思い当たる。

それってチームスポーツのパスにどこか似ている。
必ずしももらった相手にパスを返す必要はないんです。
次の誰かに回す事で大きな流れができる。

流れを切らさない事が
パスをくれた相手への礼儀なんです。
パスをくれた親も
「何でこっちにパスを返さないんだ」
とは言わないはずです。
親だってまたその親からパスを受け取ったんだから。

そうだ、
次の週末に『秋刀魚の味』を観よう。

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