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看護の才能

看護科を目指して大学受験していた友人から合格の知らせ。

そのタイミングで看護についての文章に出会ったのでここにメモを。

医療に従事するのに
「わからないはずのことが分かる能力」が重要だ、と。

医師、看護師の中にはファーストコンタクトで相手の出身地や病状がわかったり、極端な場合には死期の近づいている患者を嗅ぎ分けたりする人もいるらしい。
どうもそれは論理的な推理から結論を出すのではなく結論が先にあって、後から考えると論理的にも説明ができる、といった類のものだそうで。

理論的な思考で得る結論より先に相手の状況を無意識に、ほぼ自動的感じ取ってしまう能力をして看護の才能と呼ぶのではないだろうか。その意味で友人は看護に行き着くべくして行き着いたのかもしれない。

友人は論理的な思考ができる。できなければ大学には受からない。
にもかかわらず論理的な思考が「わからないはずのことが分かる能力」に追いつけないことがある。自分がなぜそう感じたかを説明するのに時間がかかる、あるいは説明できない。
そのズレこそが友人の才能を証明していると、自分は思う。

ひょっとするとその能力のおかげで理解されずに苦労するかもせれないとも思う。それは「なぜ分かるのか本人にも説明できない能力」だからである。

才能というものは「あいつはできる」的に現場で噂されるより他に表に現れない能力のことである気がする。医療に限らず数値にも評価基準にも現れないのに現場で信頼を得ている人がいたとしたら「なぜできるのか自分では説明のできない能力」があると思って間違いない。

友人はそんな看護師になりそうな気がする。
楽しみにしておこう。

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